谷下山窟より発信する現代瓦版


by 05594
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春雨

f0174373_958015.jpg3月から再開したZ寺〝朝の行〟今朝が3回目である。(毎週土曜日朝7:00~)
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# by 05594 | 2010-02-27 09:58

2010年

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謹んで新年をお祝い申し上げます。
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# by 05594 | 2010-01-01 21:04

山男三方分山に登る

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山男畏友タカヤマ・ノボル兄からメールがはいった。100名山踏破で、しばらく休憩するのかと思っていたのだが…。
(小声でいうが)兄はオレよりはほんのちょっピリだけ遅い19□6年生まれである。もちろん平成生まれではない。
今日は山梨上九一色村の三方分山(1.422m)に。天気のはずだったのですが曇っていて富士山は顔を見せてくれない。帰り道が混まず20時に帰宅できた。

1.三方分山遠景
2.仲間達 
3.仲間達全員で 
4.廃屋が何軒も 
5.与謝野晶子の歌碑
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                   ↑
この写真で見ると、筑波山にどことなく似ている山容である。

三方分山(1422メートル)は 富士を取り囲む山々の北西隅、精進湖を抱いてそびえる静かな山である。
その名のように、3つの村境の山で、現在では下部町と上九一色村の境界であるが、古くはこの山頂は上九一色村、下九一色村、古関村の3村の境界であったという。

 上一色村とは、ここでオレが説明するまでもあるまいが、オウム真理教の施設(サティアン)があった山梨県上九一色村である。ただし平成の市町村合併で、現在はその村名はなくなってしまったらしい。
小生が持っているワイドミリオン「全日本道路地図帖」1995年版(定価3,800)では調べても全然判らなかった。
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タカヤマ兄のメールに、このような「廃屋」が何軒も…とある。この家を見ていると戦前・戦中の山国の生活がちょうどドラマを見ているような錯覚に陥る。戦争中は、いったいどういう生活で、B29の爆撃はなかったのだろうかなどと…、そんなことを考えるオレはやっぱり古いんだなぁ。
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わが村も、何右衛門、何左右衛門、何兵衛という屋号が今でもあって、符牒のようなものだ。吾々熟年者にはその方が分かり易く日常平気で使っている。しかしこれからの若い人たちには、全く使われなくなってしまったようだし、その必要もあるまいと思う。
ボクが小さい頃だって、自分が屋号で呼ばれるのは、非常に嫌だったことが思い出される。



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秋の雨
 精進の船の上を打ち
  富士ほのぼのと
   浮かぶ空かな
      与謝野晶子


 石碑の現物を見ていないのでよくわからないが、与謝野晶子がいくらなんでも、こんなパソコンで書く年賀状の宛名ような字は書かなかっただろうと思う。
石碑の裏側には大抵この歌碑建立に至った経緯なども刻まれているだろうが、晶子の字ではないことは間違いないいとボクは思う。
何もボクは、この句碑にケチを付ける考えのエントリーでは毛頭ない事を断っておく。
だが気になる書体でもある…。


タカヤマ兄に
度々貴重なメール有り難う。無断でこの「TANISHITA通信」に公表していることを、お詫び申し上げ、お礼旁々、益々の健勝を祈る。 そんでわ。
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# by 05594 | 2009-12-14 10:00
2週間振りに筑波山へ、今回は酒寄から登り研究路を一回りして下山した。木々はすっかり落葉しているが、紅(黄)葉している立ち木を見つける。

 こんな気候のせいかヤマツツジが狂い咲きをし、初めて目にする木の葉の黒い斑点は?、研究路も所々に手が入っている。

1.すっかり落葉して      寒々とした感じですね     
2.ヤマツツジの狂い咲き   結構咲いていました
3.何だろうね          分っている方は教えて下さい
4.研究路も整備されて    でも歩きにくい
5.麓に残る最後の紅葉だ   ようやく目にしましたが

                                        タカヤマ ノボル

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# by 05594 | 2009-11-29 12:02

続タカヤマさんのペエジ

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昨夜畏友タカヤマ兄より来信。
昨日と違い雨も上がり何とか天気が回復、今日は昔の仕事仲間と年1回の研修会を終えてから、皆さんお馴染みの大子町の袋田の滝と月待の滝を見て回る。
袋田の滝には昨年9月新らしい観瀑台が完成したので、今回は最上から眺めることが出来水量が多かったので迫力満点だ。

 俗に袋田の滝は四段に落下することから四度の滝と言われているが、一説にはこの滝は四季に一度ずつ来て見なければ、真の風趣は味わえないと、 かの西行法師が言ったとか。

 次に初めて見る月待の滝、袋田の滝と違い静寂そのもの、珍しく滝の裏側から見られる裏見の滝だった。

1.袋田の滝          水量も多く飛沫も
2.月待の滝入り口      こんな案内も   
3.石 灯            道の脇にはこんなものも
4.月待の滝          しっそりと人を待っている        
5.月待(裏見)の滝      裏からも見られるが                                                                           タカヤマ ノボル
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タカヤマ兄。
メール&写真拝受。カメラが良いのか、撮る腕によるのか素晴らしい滝に写っています。
小生もその昔、仕事で(袋田温泉ホテルの改築工事の資材運搬)で、たびたび此所を訪れました。ホテルから滝の方に向かう広場に、銘酒をウント並べてあるそば屋さんに入ったこともありました。またホテルの温泉に浸かってきたことも何回かあります。
昨日あたりから急に寒くなり、今夜あたり県北の袋田は随分寒かっぺと思います。
この滝は冬に滝全体が凍ってしまうそうだが、何時頃から凍るんでしょうね。小生はまだ見たことがありません。

ネットで調べたら、凍結の滝の速報でもあったかと思って、検索しましたが、何も載っていませんでした。
しかし、料金が高すぎるとか、その他の厳しい意見も見かけられます。
>・・・まあ、あまりにも観光地然としすぎていて、それほどお勧めの場所という訳ではありません。新緑の季節は美しいと思いますが、一回見れば十分という気がします。
参  照http://www.geocities.jp/thkyd/minirepo/0602fukuroda/fukuroda.htm
総じて、イバラッケン人は商売がへたですね。
この事だけは貴兄も同感でありましょう。
師走に向かってばく進! 
風邪が流行っているそうです。ご自愛の程。
         そんでわ。
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# by 05594 | 2009-11-19 16:40

タカヤマさんのペエジ

 またまた更新を怠ってしまった。8月以来~長ぁ~い長ぁ~い夏休みの休暇をとったことになる。
「光陰人を待たず」いやはやここへ来て老生の実感が湧いてきた。
畏友タカヤマ兄からメールがあった。100名山踏破して久しいが、健脚益々の剛健には畏れ入る次第という他はない。
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「かたばみ」といえば、この辺にもやたらに見かける雑草である。だが、このような可憐な花を付けるとはこれまで全く気がつかなかった。関心も無かったからである。小田山にあるのなら…、(花と小田山は別項目なのかな?)わが家の庭にもあるに違いない。
いまブログ更新作業を途中にして、それを確かめる為庭に出てみた。
「あった!」「ある~ある!」拙宅の陽の当たる場所に無数にあった。黄色い花で、全くこの写真の通りである。
ただし、実際jの花は直径にして2~5㍉ぐらいしかない小さな花だから、気がこれまでつかなかったのも無理もない話だ。
なほ広辞苑には、「紋所」の名。」ともあるから、早速Wikipediaを検索した。

酢漿草紋・片喰紋(かたばみもん)は日本の家紋の一種である。
平安時代に車紋として使用された記録があり、前述のとおり繁殖力が強く一度根付くと絶やすことが困難であることが、「(家が)絶えない」に通じることから、武家の間では、家運隆盛・子孫繁栄の縁起担ぎとして家紋の図案として用いられており、戦国大名の長宗我部元親を輩出した土佐長宗我部家の「七つ酢漿草」や新陰流である上泉信綱の「酢漿草」・徳川氏譜代の酒井氏の「剣酢漿草」「丸に酢漿草」など、酢漿草紋を家紋とする戦国大名・武将も多い。江戸末期の豊後日田の儒学者である廣瀬淡窓を輩出した商家廣瀬家も「丸に酢漿草」を用いていた。
今太閤とも呼ばれた田中角栄の家紋も「剣片喰」である。
良い勉強になったなぁ。
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「すみれ」もわが家では珍しくはない花である。しかしこの時期残念ながら、一輪も見かけることは出来なかった。
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冬の里山を歩いていると、ヒヨドリジョウゴの美しい果実に出会うことがある。おいしそうな果実であるが食べられた形跡がない。神経毒であるソラニンを含んでいとのことで、たくさん食べると中毒する可能性がある。ヒヨドリジョウゴとは、ヒヨドリが遊び戯れるという意味だとの事であるが、有毒であるとすればヒヨドリが群れてついばむとは考えにくい。人がほうずきで遊ぶように、ヒヨドリも幾つかの果実をついばんで遊ぶのであろうか。少しならば、中毒するほどではない?

ネット検索のコピーである。この辺にもあるに違いないが気がつかないだけであろう。
今度は気をつけて見るから明日にでも発見出来ると思う。
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寒くなってきました、我が家でも暖房器具の世話になっています。
少しの時間暇つぶしに小田山に行ってきました、別に珍しい花はありませんが、気休めになればと思います。


1.カタバミ       今の時期少し暖かくなれば花が開きます
2.スミレ        早咲きなのか遅咲きなのか分りませんが
3.ヒヨドリジョウゴ  藪の中にこんな赤い実が これナス科なのですが蔓性なのですよ
4.筑波山       中腹から下は霞が 
5.日光男体山    日光男体山も何とか見えました

                                                                           タカヤマのノボル
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# by 05594 | 2009-11-09 13:42

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# by 05594 | 2009-08-28 10:17

傘が岳へ

 久しく更新を怠った。6月11日以来である。
 理由は特にない。忙しかったから…では理由にならない。小生は職業無しだからである。
 ただ、云えることは、日月の経つのが非常に速すぎるということに尽きる。
 6月11日から、今日までの光陰矢の如く何処かえ飛んで行ってしまった。
 山男タカヤマノボル兄より、来信があった。
以下タカヤマ兄よりのメッセージ全文である。

お盆も終わったので、友達二人と傘が岳(標高 2.897m 標高差 1.522もm)に、前夜 ワサビ小屋に泊まり翌朝5時30分急登の笠新道を登った。
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余りの急さで呼吸も苦しく心臓が空回りする。何回も立ち休みをしながら約7時間で漸く山小屋に到着。
 小屋で一休みをして山頂に立つ。天気も良かったので360度全開だ!!
槍ヶ岳から大喰岳、中岳、南岳、北穂岳,涸沢、奥穂、黒部五郎岳、剣岳、前回登った薬師岳などオンパレードだ。


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山小屋で風呂があるのは珍しいが、これで2回目、最小八ヶ岳(赤岳)の麓の展望荘だ。山小屋の風呂らしくないが、汗と疲れを流せるので有り難い。汗を流してからのヒールは何事にも変え難い楽しみの一つだね。

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翌朝5時12分槍ヶ岳からのご来光も見ることが出来た。5時30分下山開始5時間で登山口に何とか降りたが、腿の筋肉が悲鳴を上げている。後は何時ものように温泉で汗を流し、食事をして懐かしの茨城に。
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1.笠が岳全容
2.傘が岳山頂 奥に槍ヶ岳が
3..仲間と共に風呂上りのビールは疲れも忘れて 
4.日の出前 
5.風呂があるワサビ平山小屋
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# by 05594 | 2009-08-21 09:29

無題

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# by 05594 | 2009-06-11 18:52

宇宙センターにて

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# by 05594 | 2009-04-22 09:02

山桜

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# by 05594 | 2009-04-02 15:36

続青春日記

この写真とメールは3月9日の朝8:55に頂いたものである。つまり10日前である。
水戸地方気象台は11日、今年2回目の桜(ソメイヨシノ)の開花予想を発表している。
前回(4日)と同様に、平年より9日早い今月26日頃に開花する見通しだ。
同気象台によると、水戸の2月の平均気温は5.6℃と平年に比べ1.7℃も高かった。3月に入っても平年より高く推移。今後も同様に暖かくなると予想されるため、平年よりもかなり早い開花予想となった。26日に「開花宣言」が出れば、53年の観測以来、4番目に早い開花になるという。
これまででもっとも早かったのは02年3月20日。



雪道
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山頂
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近寄ってみる
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茅葺き屋根の集落
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昨日の予報は悪く雨覚悟で西湖近くの鬼が岳(1.738m)へ、思っていたより急坂で途中から雪道に。心配していた天気の崩れも無く、山頂近くから薄日となり青空に。
                                        タカヤマ・ノボル
1.難儀する雪道
2.山頂とシンボルの鬼の角
3.近寄ってみると
4.茅葺集落いやしの里根場 18戸の民家が
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# by 05594 | 2009-03-20 11:24

宝篋山

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タカヤマ兄から、写真添付のメールが届いた。(2月18日)
静かな春日和になったので、ユックリと小田山を散策してみた、常陸大宮市から山岳会の人達30人ばかりと一緒になる。賑やかこのうえなし。

1.富士山、浅間山、男体山も見えました
2.小田山からの遠景 


小生は、19日「真壁の街並み、雛祭り人形展」を読書会の仲間達と見にいったので、この小田山(宝篋山 )山麓、125号線を通った。乗り合わせたのはオレから見れば若い女性達3人である。
宝篋山 の話がでたから、「去年オレも家内と一緒に登った。」と得意になって頂上から眺める筑波山の絶景や、富士山も良く見えることを解説しながら行く。
この日は寒く、辺り一面霞んでいたが、125号から筑波下の道路へでると、冠雪の両毛の連山がはっきりと見えた。

帰宅して、「はて?宝篋山 へ行ったのはいつ頃だっけ?」と妻に訊ねてみた。
妻は去年ではないと断言した。
登山口の八幡様の隣に空き地がある。黙って停めても咎められるような処ではないが、隣接の住宅の人に断ってから登った。帰りも、挨拶に行って、
「土浦の先のほうからきて今日初めて登った。」と話かけたら、
「あまり遅いからどうしたのかと思っていた。」などと、気さくな会話となった。
「栗あっかぁや。」などと言って、袋いっぱい栗をいただいてきた思い出がある。
「栗をいただいたのだから、秋だな。」

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フォトギャラリーを辿っていったら、歳月人を待たず2007(平成19年)10月5日であった。
日記から
2007(平成19年)10月5日
朝小雨が残ると言う予報であったらしかったが、殆ど快晴である。急遽小田の「宝篋山」行く事に決める。

 昨日、ひと月の内、半分以上山登りを愉しんでいる畏友Tさんに、あすの宝篋山行き決行を報告し、登山道を尋ねたら、『「宝篋山」ハイキングコース』というパンフレットまで持参してくれた。
 さらに夜には、
「19時の天気予報では明日の朝方まで雨で、昼過ぎから晴れる様子ですが、雨後は登山道が泥濘滑りやすくなるので、一日延期してみては如何でしょうか。
 つまらぬ事で怪我でもすると大変です。もし行くのであれば十分注意して登ってください。」とまで心配りのメールまで頂戴した。有り難いことである。

 登山と言えるかどうか。それでも461メートルの山を徒歩で登るのである。高齢者のわれら夫妻にとっては、快挙と言っても差し遣いないだろう。嘗て(おおむかし)筑波山にまだケーブルカーもロープウエーもなかった頃、2~3回は団体や、グループで登ったことがあるがそれ以来である。
 だが、前日はやはり緊張していた。
以前、やはりTさんに 素朴な質問をした。
『連日の山歩き、弁当はどうすんだっぺ?などと浅はかな考えを浮かべています。』とメールを送った事がある。
 
『食料大臣答弁。
 山歩きの基本と言ってはなんだが、昼食はオニギリか好みによりパンなどを持つが、歩行時間が昼に掛かる時は必ず持参する事。
 それから歩いている時に意外とエネルギーが切れる事が有るので、アンパン、飴、チョコレートなど消化が良く、すぐエネルギーになる物を携行する事。
 それから忘れてはならない事は水(日差しの強い時は多めに)平地と違い、雨が多いので雨具、特にこれから寒くなるので防寒具(歩いている時は暖かいが休むと急に寒くなる)汗拭きタオルなどは必携となる。
 蛇足だが膝の保護の為、靴下は厚手の物を(下に薄いのを履きその上に厚手の物を)手袋も忘れない。』微に入り細に亘る登山の心得をメールでお寄せもなった。


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宝篋山 頂上付近にある、NHKアンテナである。山麓からもよく見える。
なお、この山には野生のイノシシもいるそうである。
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# by 05594 | 2009-02-21 06:07

青春日記

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畏友タカヤマ兄から足和田山ハイキングの写真が送られてきた。
兄とは、13日から3日間あった町(村)の座禅会に、13,14日の2日間だけ一緒に参加した。最後の日15日は欠席して足和田山に出發。軽く日帰りコースである。
小生はこの「ダイヤモンド富士」なるものを、まだ見たこともない。その言葉すら知らなかった。
人生まだまだ長い。オレもアイツとのダイヤモンド婚式までには是非行って見たいと思っている。
ただ、日帰りコースにしては、少しばかり強行軍であるから、2泊3日ぐらいのスケジュールで、アイツとの青春を満喫したい。

ダイヤモンド富士とは
富士山頂から太陽が昇る瞬間と夕日が沈む瞬間に、まるでダイヤモンドが輝くような光景が見られることがあり、この現象をタイヤモンド富士といいます。富士山と光輝く太陽が織りなす光景は、まさに自然の芸術といえます。
富士山が見える地域なら、どこからでもダイヤモンド富士が見られるというわけではありません。富士山が東か西の方向に見える場所で、気象条件がよければ、年に2回、ダイヤモンド富士が見ることが出来ます。ここでは「関東の富士見百景」選定地点で、ダイヤモンド富士が見られる地点を紹介しています。国土交通省 関東地方整備局 企画部企画課 事業景観係H.P.より

イバラッケンでは、潮来市の権現山公園から遠望されるという。
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# by 05594 | 2009-02-18 11:20

青春時代

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たかやま・のぼるノート

31日あの台風のような雨の中、仲間と小浅間山にスノーシュに行ってみた。途中も雨で心配していたが、軽井沢に入ると止んで登山開始頃は日も差し始める。 

 雨の為雪が重く歩き難く初心者は難儀したようだ。

1.仲間達15人
2.この山が小浅間山 1.655m
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3.浅間山は黒煙を吹き上げて
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4.松井田町にある峠の湯、かっての信越線のアプト橋をイメージして

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5.峠の湯の前には裏妙義が 
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朝の場所    …十九歳
        淀川紀行
追想に染まった音楽の木立を離れて
うるんだ夜空の別れを告げる時
ひとつのロマンは終わるのである

上方より移ろう彩色の中を
軽やかなとまどいで逃げて行く
山腹の寝ずの番の楽士たち!

夜明けだ
工事中の鉄板は
その肌の上
うまし露の味を舌に感じる
古代の神秘の鍵が見える
交錯する道路は
新しい影を
清められた「日」の上に作りだす

泥と火の眠りが
足を鳴らして通りすぎ――

空では!不安の平面が
あらゆる武器を巻き込んでいる

松林の夜明けには 時として
濃い霧が潜んでいた
少女への愛だ
彼女は目覚めと共に霧の中にいる

さあ 光りだ 鳥だ
朝に耀(かが)よう黄金だ

泡のしたたる断層で
お前の目覚めを待っていた

光があふれる 鳥が鳴く
昆虫どもも 毒を食え

鍬取る手こそ本物だ
ひとりびとりは祝福うけろ

さあ 光だ 鳥だ
朝に耀よう黄金だ
 詩集「朝の場所」より

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# by 05594 | 2009-02-13 04:47

白い雲

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寒い日が続いている。暦の上では、来週20日が「大寒」(①非常に寒いこと。また、その時。②24節期の一。太陽の黄径が300度の時で、12月の中ちゅう。太陽暦の一月二十日頃に当る。〈季〉冬。→小寒。by広辞苑)であるから、まだまだ寒い日は続くであろう。
しかし、確実に春は近づいている。白い雲にその片鱗を見る。
国木田独歩の「武蔵野日記」を覗いてみよう。

一月十三日 (註:明治30年1月13日) 夜更けぬ。風死し、林黙す。雪頻りに降る。燈をかかげて、戸外をうかゞう。降雪火影にきらめきて舞ふ。あゝ武蔵野沈黙す。しかも耳を澄ませば、遠き彼方の林をわたる風の音す。果して風の声か。
〃十四日 今朝大雪。葡萄棚墜ちぬ。夜更けぬ。
梢をわたる風の音遠く聞ゆ。あゝこれ武蔵野の林より林をわたる冬の夜寒の凩なるかな。雪どけの滴声軒をめぐる。
〃二十日 美しき朝。空に片雲なく、地に霜柱白銀の如くきらめく。小鳥梢に囀ず。梢頭針の如し。
二月八日 梅咲きぬ。月漸く美し。
三月十三日 夜十二時。月傾き、風急に、雲わき、林鳴る。
〃二十一日 夜十一時。屋外の風声をきく。忽ち遠く、忽ち近し。春や襲ひし、冬や遁れし。
 
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←これは4日に隣市に行った帰り、湖畔にある国民宿舎の側で撮った。
平和な風景であるが、国民宿舎の方は、老朽が激しく、廃止か存続が問題にあがっている。
嘗ては、
天皇様だったか皇太子様だったか忘れたが、高貴なお方がお泊り遊ばされた記憶も曖昧になってしまった。何れにせよ、人間でも建物でも「後期」の姿や哀れである。
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# by 05594 | 2009-01-13 07:41

蝋梅

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昨日、村の集まりごとがあって、集会所まで歩いていく。
集会所まで行く道筋にあるお家は、田舎であるから、何処を通っても顔見知りのお宅である。このお家は、昔の名士宅である。蝋梅が見事に咲き誇っていた。
道の向こうからこの家の爺さんが歩いて来た。翁は水墨画を能くした。
気軽に挨拶をする。
「最近制作の方は如何ですか?文化祭には出展されなかったようだけど。」
「描いてはいるよ。寄ってお茶でもやって行けや」
蝋梅を撮りたかったが、集まりの時間が迫っている。
「帰りによって蝋梅を撮らせてもらうから…」そう言って別れた。
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集会はA.M.11:00から。村の新年会のようなものである。
昔の田舎の集まりごとは、30分や1時間は遅れて行くのが当然であった。酒を飲むから終わりも、いつ果てるか分からないほど長引いたものだ。
それが、いまはどうだろう。寸刻も違わぬ開始時刻である。
農村であるが、専業農家はいない。集まってきたのはみんなサラリーマン若しくは、退職したばかりの年齢層である。
土地もあり、屋敷もあり、銭もある。
従って、殆どが自民党支持者なることは疑いない。
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いまは、会合があってもあまり酒を飲まない。(特に日本酒を飲む人は皆無である)
ビール(?)いわゆる発泡酒缶が宛てがわれた。
ボクは零細とは云えど、嘗て経営者であったという大きな矜持があって、いまだ嘗て、発泡酒とか、だいさんびーるというものを賞味したことがなかった。
「目を瞑って飲まされたら、絶対分かりませんヨ。」パソ博士のH氏がよく云ったことは本当だった。ビールも発泡酒も缶を見なかったら判らなかったかもしれない。
話がそれた。
実は、帰り蝋梅を撮るのを忘却した。その成り行きを畏友高山兄にメールしたら送られてきたのがこの蝋梅の写真なのである。
月孤高己の過去を振り向かず
筑波山麓の古刹にあった句碑を思い出すような名月があった。「望月」である。
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# by 05594 | 2009-01-12 15:10

新年

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# by 05594 | 2009-01-03 07:06

今年最後のブログ

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天長の佳き日をお祝い申し上げます。
「今年最後の山行き」という6枚のスナップ入りのメールが、畏友タカヤマ・ノボル兄から送られてきた。
これが最後、これが最後と、11月ごろから宣わせられていたが、仲々止まらなかった。
あと1~2回筑波山さ行くだろうとボクは踏んでいる。
 それは、それとしてこの「TANISHITA通信」は今年最後の号になると思う。
今年はまことに「変」な年であったが、来年こそ良き年を迎えたいものである。
昨日21日とある登山クラブの忘年山行が、山は奥多摩の三頭山(1.527m)で、都民の森の一角にある。歩行時間は約3時間下山後入浴、忘年会と楽しいひと時が過ぎる。 黒茶屋はかっての古民家を移築した物で、何となく時代を感じさせ、宴会場も写真の通りの椅子席。和気あいあいの中終焉。1.三頭山登山口 ここが都民の森の入り口2.仲間達      総勢34名3.三頭大滝    数ある滝の中で落差33mの大きな物4.黒茶屋入り口  珍しいと言うかこれを見ても建物が想像できる5.黒茶屋中庭   良い雰囲気だ6.宴会席 テーブルの中に火が入り、炭火焼料理が…タカヤマ・ノボル

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# by 05594 | 2008-12-23 06:22

お祭り

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# by 05594 | 2008-11-04 07:35

秋である

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# by 05594 | 2008-10-30 22:20

田舎

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# by 05594 | 2008-10-03 22:27

南アルプスへ

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高山兄からのメッセージ
19日から4泊5日の予定で南アルプスの百名山 聖岳と光岳(3.013㍍)へ、台風を気にしながらの山行、途中小雨や強風雷雨と散々な事に。

 茶臼小屋では一口では食べきれないマグロの刺身が、また朝出発時アザミの歌をテープで流されたり、今までにない体験が。

 どの山小屋も24日で閉じてしまう様で、吾ら15人の団体が今年最後の受け入れらしい。紅葉には早く草花には遅すぎた。

1.イワインチン         岩茵陳と書くが
2.セリバシオガマ       芹葉塩竃 秩父山地や中央、南アルプスで見られる
3.テカリ 石           光岳の言われとなった石灰岩の岩
4.早朝の出発つ        山の出発は早いのが原則
5.便ケ島聖岳登山口 ここが聖岳への玄関口の一つに
6.籠で行くのは        この籠に乗って対岸へ 動力は人力だ
 順不同 
                              タカヤマ・ノボル
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敬愛する女性ブロガーJさまから、小生に対して「谷下仙人」なる敬称(軽の間違いなるやも知れず)を賜ってしまった。仙人と言えば白い顎髭をはやして、変梃な杖をつき、時に応じて雲の上から転落するご老体を想像しておられる歟と思う。
確かに小生は、平成生まれのアンチャンではない。されど、後期高齢者には、ちーっとばかり精神年齢がたらぬ。そうかといって、政治家のブログではないのだから、素顔を見せたくもない。
幸い同僚のタカヤマ・ノボル兄が南アルプ「光岳」征服の写真を送ってきた。
オレと片手以内の年齢差(精神年齢に非ず)である。
顔に大きな絆創膏が貼ってあるようだが、農林水産相だって怪我をすれば貼る。
騒ぎ立てる方が可笑しいと思っている。
冗談は兎も角、ヤカヤマ兄より、オレノホウが体重は少し軽いかも知れない。脳みその目方の差であろう。

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# by 05594 | 2008-09-24 20:33

稲刈りのあと

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農業機械のことはあまりよく分からないけれど、今は収穫脱穀同時作業機という機械で稲刈りをする。だから機械が田圃を一巡すると、田圃一面が切り藁のくずだけが残る。

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# by 05594 | 2008-09-19 11:58

今度は山形も朝日岳

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連休は山形の朝日岳(1.870m) へ、標高差1.320mで低い山だが標高差がある。
帰りに小朝日岳、鳥原山と縦走し2日で約15時間の歩き。

所々に花が咲いていたが珍しい花も無くもう終わりですね。

初日は朝日鉱泉で二日目は朝日岳避難小屋に泊ったが超満員、自炊をしながらの楽しい山行でした。              タカヤマ・ノボル


1.こんな吊橋を何回も
2.マツムシソウ
3.間もなく山頂だ
4.ツルニンジン
5.オニシオガマ
6.大朝日岳遠景
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# by 05594 | 2008-09-16 11:31