谷下山窟より発信する現代瓦版


by 05594
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タカヤマさんのペエジ

 またまた更新を怠ってしまった。8月以来~長ぁ~い長ぁ~い夏休みの休暇をとったことになる。
「光陰人を待たず」いやはやここへ来て老生の実感が湧いてきた。
畏友タカヤマ兄からメールがあった。100名山踏破して久しいが、健脚益々の剛健には畏れ入る次第という他はない。
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「かたばみ」といえば、この辺にもやたらに見かける雑草である。だが、このような可憐な花を付けるとはこれまで全く気がつかなかった。関心も無かったからである。小田山にあるのなら…、(花と小田山は別項目なのかな?)わが家の庭にもあるに違いない。
いまブログ更新作業を途中にして、それを確かめる為庭に出てみた。
「あった!」「ある~ある!」拙宅の陽の当たる場所に無数にあった。黄色い花で、全くこの写真の通りである。
ただし、実際jの花は直径にして2~5㍉ぐらいしかない小さな花だから、気がこれまでつかなかったのも無理もない話だ。
なほ広辞苑には、「紋所」の名。」ともあるから、早速Wikipediaを検索した。

酢漿草紋・片喰紋(かたばみもん)は日本の家紋の一種である。
平安時代に車紋として使用された記録があり、前述のとおり繁殖力が強く一度根付くと絶やすことが困難であることが、「(家が)絶えない」に通じることから、武家の間では、家運隆盛・子孫繁栄の縁起担ぎとして家紋の図案として用いられており、戦国大名の長宗我部元親を輩出した土佐長宗我部家の「七つ酢漿草」や新陰流である上泉信綱の「酢漿草」・徳川氏譜代の酒井氏の「剣酢漿草」「丸に酢漿草」など、酢漿草紋を家紋とする戦国大名・武将も多い。江戸末期の豊後日田の儒学者である廣瀬淡窓を輩出した商家廣瀬家も「丸に酢漿草」を用いていた。
今太閤とも呼ばれた田中角栄の家紋も「剣片喰」である。
良い勉強になったなぁ。
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「すみれ」もわが家では珍しくはない花である。しかしこの時期残念ながら、一輪も見かけることは出来なかった。
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冬の里山を歩いていると、ヒヨドリジョウゴの美しい果実に出会うことがある。おいしそうな果実であるが食べられた形跡がない。神経毒であるソラニンを含んでいとのことで、たくさん食べると中毒する可能性がある。ヒヨドリジョウゴとは、ヒヨドリが遊び戯れるという意味だとの事であるが、有毒であるとすればヒヨドリが群れてついばむとは考えにくい。人がほうずきで遊ぶように、ヒヨドリも幾つかの果実をついばんで遊ぶのであろうか。少しならば、中毒するほどではない?

ネット検索のコピーである。この辺にもあるに違いないが気がつかないだけであろう。
今度は気をつけて見るから明日にでも発見出来ると思う。
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寒くなってきました、我が家でも暖房器具の世話になっています。
少しの時間暇つぶしに小田山に行ってきました、別に珍しい花はありませんが、気休めになればと思います。


1.カタバミ       今の時期少し暖かくなれば花が開きます
2.スミレ        早咲きなのか遅咲きなのか分りませんが
3.ヒヨドリジョウゴ  藪の中にこんな赤い実が これナス科なのですが蔓性なのですよ
4.筑波山       中腹から下は霞が 
5.日光男体山    日光男体山も何とか見えました

                                                                           タカヤマのノボル
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by 05594 | 2009-11-09 13:42