谷下山窟より発信する現代瓦版


by 05594
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白い雲

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寒い日が続いている。暦の上では、来週20日が「大寒」(①非常に寒いこと。また、その時。②24節期の一。太陽の黄径が300度の時で、12月の中ちゅう。太陽暦の一月二十日頃に当る。〈季〉冬。→小寒。by広辞苑)であるから、まだまだ寒い日は続くであろう。
しかし、確実に春は近づいている。白い雲にその片鱗を見る。
国木田独歩の「武蔵野日記」を覗いてみよう。

一月十三日 (註:明治30年1月13日) 夜更けぬ。風死し、林黙す。雪頻りに降る。燈をかかげて、戸外をうかゞう。降雪火影にきらめきて舞ふ。あゝ武蔵野沈黙す。しかも耳を澄ませば、遠き彼方の林をわたる風の音す。果して風の声か。
〃十四日 今朝大雪。葡萄棚墜ちぬ。夜更けぬ。
梢をわたる風の音遠く聞ゆ。あゝこれ武蔵野の林より林をわたる冬の夜寒の凩なるかな。雪どけの滴声軒をめぐる。
〃二十日 美しき朝。空に片雲なく、地に霜柱白銀の如くきらめく。小鳥梢に囀ず。梢頭針の如し。
二月八日 梅咲きぬ。月漸く美し。
三月十三日 夜十二時。月傾き、風急に、雲わき、林鳴る。
〃二十一日 夜十一時。屋外の風声をきく。忽ち遠く、忽ち近し。春や襲ひし、冬や遁れし。
 
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←これは4日に隣市に行った帰り、湖畔にある国民宿舎の側で撮った。
平和な風景であるが、国民宿舎の方は、老朽が激しく、廃止か存続が問題にあがっている。
嘗ては、
天皇様だったか皇太子様だったか忘れたが、高貴なお方がお泊り遊ばされた記憶も曖昧になってしまった。何れにせよ、人間でも建物でも「後期」の姿や哀れである。
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by 05594 | 2009-01-13 07:41

蝋梅

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昨日、村の集まりごとがあって、集会所まで歩いていく。
集会所まで行く道筋にあるお家は、田舎であるから、何処を通っても顔見知りのお宅である。このお家は、昔の名士宅である。蝋梅が見事に咲き誇っていた。
道の向こうからこの家の爺さんが歩いて来た。翁は水墨画を能くした。
気軽に挨拶をする。
「最近制作の方は如何ですか?文化祭には出展されなかったようだけど。」
「描いてはいるよ。寄ってお茶でもやって行けや」
蝋梅を撮りたかったが、集まりの時間が迫っている。
「帰りによって蝋梅を撮らせてもらうから…」そう言って別れた。
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集会はA.M.11:00から。村の新年会のようなものである。
昔の田舎の集まりごとは、30分や1時間は遅れて行くのが当然であった。酒を飲むから終わりも、いつ果てるか分からないほど長引いたものだ。
それが、いまはどうだろう。寸刻も違わぬ開始時刻である。
農村であるが、専業農家はいない。集まってきたのはみんなサラリーマン若しくは、退職したばかりの年齢層である。
土地もあり、屋敷もあり、銭もある。
従って、殆どが自民党支持者なることは疑いない。
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いまは、会合があってもあまり酒を飲まない。(特に日本酒を飲む人は皆無である)
ビール(?)いわゆる発泡酒缶が宛てがわれた。
ボクは零細とは云えど、嘗て経営者であったという大きな矜持があって、いまだ嘗て、発泡酒とか、だいさんびーるというものを賞味したことがなかった。
「目を瞑って飲まされたら、絶対分かりませんヨ。」パソ博士のH氏がよく云ったことは本当だった。ビールも発泡酒も缶を見なかったら判らなかったかもしれない。
話がそれた。
実は、帰り蝋梅を撮るのを忘却した。その成り行きを畏友高山兄にメールしたら送られてきたのがこの蝋梅の写真なのである。
月孤高己の過去を振り向かず
筑波山麓の古刹にあった句碑を思い出すような名月があった。「望月」である。
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by 05594 | 2009-01-12 15:10

新年

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by 05594 | 2009-01-03 07:06